「いつ・どこで」免疫細胞が反応したのかを見たい

免疫学の多くの実験は、細胞を体から取り出して試験管の中で調べます。この方法は分子の働きを精密に解析できますが、決定的に失われる情報があります。それは「生きた体の中で、いつ、どこで、どの細胞が反応したのか」という時間と空間の文脈です。リンパ節や腸の組織の中を免疫細胞は絶えず動き回り、他の細胞と短時間だけ接触し、刺激を受け取って次の行動を決めています。この動きを止めて切り出してしまうと、応答の物語の大半が見えなくなります。

そこで必要になるのが、生きた個体の中で免疫細胞のシグナルをそのまま観察する「生体イメージング(intravital imaging)」です。東京科学大学(研究当時は東京医科歯科大学 難治疾患研究所)の安達貴弘准教授らは、細胞内カルシウムイオン(Ca²⁺)を指標に、免疫細胞が刺激を受け取った瞬間を生きた体の中で可視化する技術を構築し、自己免疫が病理学的に明らかになる「前」の段階でリンパ球の Ca²⁺シグナル動態に異常が現れることを 2016 年に Scientific Reports で報告しました [1]。本稿はこの技術の原理と、それが未病・長寿研究にもたらす意味を、分子から個体まで順に整理します。

なお「Adachi」を含む論文には別人(東京薬科大学の安達禎之、β-グルカン研究者)の業績もありますが、本稿は所属(東京医科歯科大学/東京科学大学)と研究テーマ(Ca²⁺生体イメージング・B細胞)で確認した安達貴弘准教授の論文に限定しています。

分子のレベル:なぜカルシウムを指標にするのか

カルシウムは、細胞内シグナルの「共通通貨」とも言える存在です。免疫細胞が抗原受容体などを通じて刺激を受け取ると、細胞内の Ca²⁺濃度が短時間で大きく変動します。普段は非常に低く保たれている細胞質の Ca²⁺が、刺激に応じて一気に上昇し、その後パターンを描いて変動する。この上下動が、転写因子の活性化や細胞の運命決定の引き金になります。つまり Ca²⁺の動きを見れば、その細胞が「いま、刺激を受け取って応答を始めた」ことを高い時間分解能で読み取れます。

これを生体内で測るために用いられるのが、Ca²⁺と結合すると蛍光特性が変わるタンパク質性のバイオセンサーです。安達准教授らの系では、こうした Ca²⁺バイオセンサーを体の細胞に発現させた遺伝子改変マウスを使います。FRET(蛍光共鳴エネルギー移動)の原理を利用したセンサーは、Ca²⁺が結合した状態としていない状態とで二つの蛍光の比が変わるため、明るさのゆらぎに左右されにくく、定量的に Ca²⁺濃度を読めるという利点があります。同じ研究室は、この yellow cameleon 型 Ca²⁺センサーを発現するマウスを用い、リンパ組織だけでなく分泌器官の Ca²⁺シグナルを生体内で二光子イメージングする報告も行っており [2]、センサーマウスを基盤に多様な臓器の細胞応答を可視化する技術系として展開してきました。

細胞・組織のレベル:5次元で免疫を見る

このマウスに多光子顕微鏡を組み合わせると、リンパ節・骨髄・腸管といった組織の中を生きたまま観察できます。観察で得られるのは、空間の三次元(x, y, z)に、時間という第四の軸、さらに各細胞の Ca²⁺シグナルの強さという第五の軸を加えた、いわば「5次元」の情報です。どの細胞が、組織のどこで、いつ、どの程度の強さで刺激を受け取ったのかを、動きを止めずに追えます。

この解像度がもたらすのは、平均値では見えない不均一性の理解です。同じ刺激を受けても、すべての免疫細胞が同じように反応するわけではありません。一部の細胞だけが強く応答したり、特定の場所でだけシグナルが集中したりします。集団を破砕して平均を取る従来法では、こうした「ばらつきそのものに意味がある」現象が均されて消えてしまいます。生体 Ca²⁺イメージングは、応答の時間的・空間的なパターンを保ったまま観察できる点で、免疫の動態を読み解く解像度を一段引き上げました。

個体のレベル:「未病」を見るという発想

安達准教授らの 2016 年の研究 [1] で特筆されるのは、自己免疫疾患が病理学的に明らかになる「前」の段階で、リンパ球の Ca²⁺シグナル動態に異常が観察されたという点です。病気が組織の損傷として顕在化してからでは、介入の余地は限られます。しかし、シグナルの段階で均衡の崩れが先に現れるのであれば、それは病態が形になる前の「未病」を捉える窓になりえます。

安達准教授の研究室が掲げてきた一貫したテーマは、まさにこの「発症前の状態を可視化し、予防につなげる」という方向性です。これは長寿研究、とりわけ健康寿命の延伸という観点と方向性を共有します。López-Otín らが 2023 年に Cell で整理した老化のホールマークの一つに慢性炎症(インフラメイジング)があり [3]、加齢に伴う免疫均衡の緩やかな崩れは健康寿命を左右する因子と考えられています。発症前の免疫シグナル異常を可視化する技術は、こうした「ゆっくり進む変化」を観察可能にする方法論として、長寿研究の道具立てに通じます。

ただし注意が必要です。Ca²⁺シグナル異常が将来の疾患を予測すると一般化するには、ヒトでの縦断的な検証が必要であり、マウスでの観察を直ちにヒトの未病診断へ外挿することはできません。相関と因果、モデル動物とヒトの差を慎重に区別すべき領域です。本稿は特定の検査や治療を推奨するものではなく、医学的助言を行うものでもありません。

発酵・食品成分研究への波及

この生体イメージング技術は、免疫の基礎研究にとどまらず、食品成分が免疫・腸管・神経の細胞に与える作用を「その場で見る」道具にもなりました。安達准教授の研究室は、食品由来成分や腸内細菌が腸管の上皮・免疫・神経細胞の Ca²⁺シグナルをどう動かすかを可視化する研究を進めています。発酵食品や微細藻類由来の成分が体の細胞に作用する瞬間を、平均値ではなく時間・空間のパターンとして捉えられることは、機能性を漠然とした効能ではなく分子・細胞の言葉で記述するうえで大きな意味があります(この食品成分の Ca²⁺応答については別稿で扱います)。

発酵と健康寿命の関係を機序ベースで語るこの媒体にとって、生体イメージングは「効いた/効かない」の二択を超えて、どの細胞でいつ何が起きたのかを描けるようにする基盤技術です。閉鎖環境でも崩れにくい食と免疫の基盤づくりに関心を寄せるSpace Seed Holdingsの宇宙×発酵という問いとも、発症前の変化を捉えるという発想は接点を持ちます。

まとめ

細胞内 Ca²⁺の上下動は、免疫細胞が刺激を受け取った瞬間を映す高分解能の指標です。安達貴弘准教授らは Ca²⁺バイオセンサーマウスと多光子顕微鏡を組み合わせ、生体内の免疫シグナルを時間・空間・強度の多次元で可視化し、自己免疫が病理として現れる前のシグナル異常を捉えました [1]。同じ Ca²⁺センサーマウスは分泌器官など多様な臓器のシグナル可視化にも展開されており [2]、発症前の「未病」を観察するという発想は、慢性炎症を含む老化のホールマーク [3] と健康寿命の研究に通じます。発酵・食品成分の作用を「その場で見る」道具としても、この技術は機序ベースの議論を支えます。

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