エルゴチオネインの分子像

エルゴチオネイン(ergothioneine, ERGO)はヒスチジン骨格を持つ含硫アミノ酸で、自然界では子嚢菌類・担子菌類などの菌類とごく一部の細菌だけが生合成します。動物・植物は自前で作れず、食物連鎖を介して取り込みます。Halliwell らは 2018 年の FEBS Letters の総説で、ERGO がグルタチオンや尿酸より高い遊離ラジカル消去能を示すこと、ヒドロキシラジカルや過酸化水素由来の二次酸化物に対しても安定な抗酸化挙動を示すことを整理しました [1]。

特徴的なのは、ヒトを含む哺乳類が OCTN1(SLC22A4) という専用のトランスポーターを持つことです。OCTN1 は腎臓・赤血球・脳・骨髄など特定の組織で発現が高く、ERGO を選択的に細胞内へ運び込みます [1]。専用輸送系を進化的に保存していること自体が、ERGO がヒト生理にとって生理的に有用な分子である傍証とみなされています。

なぜ「長寿ビタミン」候補と呼ばれるのか

Beelman らは 2020 年の Journal of Nutritional Science で、ERGO を 長寿ビタミン(longevity vitamin)の候補 に挙げる議論を提示しました [2]。彼らの主張は、(1) ヒトは ERGO を自前で作れない、(2) 専用トランスポーターを持つ、(3) 加齢関連疾患のリスクと血中 ERGO 濃度に逆相関の報告がある、(4) 各国の食事摂取量に大きな差があり、米国成人の推定摂取量は他国より低い、という4点の組み合わせです。

「ビタミン」を厳密に定義すれば必須栄養素ですが、Beelman らはここで Bruce Ames が提唱した longevity vitamin の枠組み、つまり「不足しても短期的欠乏症は起こさないが、長期の健康スパンに影響する栄養素」を念頭に置いています。Ames 仮説はまだ仮説の段階ですが、抗酸化・抗炎症の機序を媒介に老化のホールマークの一部(chronic inflammation、mitochondrial dysfunction)と接続する道筋が描けます。

発酵食品が摂取源になる理由

ERGO の生合成は菌類が担当するため、食事性摂取源も菌類または菌類を含む食品に偏ります。最大供給源はキノコ類(ヒラタケ、シイタケ、エリンギ、マッシュルームなど)で、生重量あたりの含量はヒラタケで群を抜きます。種類によって 10〜1,000 倍の幅があります [2]。

発酵食品も無視できない経路です。麹(Aspergillus oryzae)を使う日本の発酵食、たとえば味噌、醤油、酒粕、甘酒には、麹菌由来の ERGO が含まれます。Hamajima らは麹のグリコシルセラミドがヒト腸内の Blautia coccoides の増殖を促し、伝統的発酵食品が腸内環境に複数経路で寄与しうることを示しました [3]。ERGO の供給はこれと並行する別経路です。

摂取量の地域差と日本食の位置づけ

Beelman らの試算では、米国成人の ERGO 推定摂取量は約 1.1 mg/日と他国より低位にあります [2]。一方で、日本食はキノコ類・味噌・酒粕・椎茸出汁を日常的に組み込む食文化を持ち、相対的に ERGO 摂取量が高くなりやすい構造です。地中海地方ではポルチーニなどの食用キノコの伝統消費が、ERGO 摂取の上振れに寄与します。「特定地域で長寿が観察される」現象には複数要因が絡みますが、ERGO 摂取の地域差が一要因として議論される余地は残っています。

残された問い

ERGO のヒト介入試験は、認知機能や酸化ストレス指標を一次エンドポイントにした小規模試験が中心で、大規模 RCT はまだ報告が限られます。サプリメントとして単離形を高用量摂取する場合の安全性プロファイルは、食品マトリクスから摂取する場合と異なる可能性があり、本媒体ではサプリメント推奨を行わない立場をとります。発酵食品やキノコを日常食に取り入れる行動の延長線上で、ERGO 摂取量が自然に増えることが現実的な選択肢です。

ERGO 単体を補うことではなく、食事と日常習慣の総合として健康スパンを支える視点が、本媒体の立場と整合します。

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