2020年に発酵菌の多糖の抗炎症機序が示された
発酵食品の機能性を語るとき、しばしば「生菌(プロバイオティクス)」に注目が集まります。しかし近年は、菌が産生する代謝物や菌体成分(ポストバイオティクス)の役割が機序研究の中心になっています。生菌が腸に定着するかどうかとは独立に、菌体由来の分子そのものが宿主の細胞シグナルを修飾しうる、という視点です。2020年、Kwon らは International Journal of Molecular Sciences に研究を発表し、Lactobacillus plantarum L-14 が産生する菌体外多糖(exopolysaccharide, EPS)の抗炎症作用を、細胞レベルで検討しました [1]。
本文では、この研究の機序的知見を、分子・細胞・組織・個体のレベルで順に整理します。培養細胞系での知見が中心であり、特定の製品を推奨するものではありません。
試験の設計と主要な観察
Lim らは、まず L. plantarum L-14 の培養液から EPS を単離・精製し、その構造を解析しました。EPS は乳酸菌が菌体表層に分泌・付着させる、あるいは培地中へ放出する高分子多糖で、L-14 由来 EPS は主にグルコースから成る比較的均一な多糖であり、ゲル浸透クロマトグラフィーにより分子量が見積もられています [1]。多糖の単糖組成・分子量・分岐構造は、それがどの受容体に認識されるかを左右するため、構造解析は機序を論じる前提になります。
機能の評価には、リポ多糖(LPS)で炎症を誘導したマウスマクロファージ細胞株(RAW 264.7)が用いられました。LPS 刺激マクロファージは、自然免疫の炎症応答を評価する標準的なモデル系です。主要な観察は次のとおりです。L-14 由来 EPS の前処理・共処理は、シクロオキシゲナーゼ-2(COX-2)、インターロイキン-6(IL-6)、腫瘍壊死因子-α(TNF-α)、インターロイキン-1β(IL-1β)といった炎症性メディエーターの産生を用量依存的に抑制し、反応性窒素種を生む誘導型一酸化窒素合成酵素(iNOS)の発現を低下させました [1]。著者らは、この抗炎症作用が Toll 様受容体4(TLR4)の発現低下(ダウンレギュレーション)を介すると報告しています。
分子レベルの機序:TLR4 とパターン認識、下流のNF-κB
機序を分子レベルで追います。TLR4 は、グラム陰性菌の細胞壁成分である LPS を認識する自然免疫のパターン認識受容体です。LPS は補助分子(LBP、CD14、MD-2)を介して TLR4 に提示され、TLR4 が二量体化すると、アダプター分子(MyD88 依存経路と TRIF 依存経路)を介して下流のキナーゼカスケードが活性化します。最終的に転写因子 NF-κB と AP-1 が核へ移行し、TNF-α・IL-6・IL-1β・COX-2・iNOS といった炎症関連遺伝子の転写を一斉に誘導します。これが LPS 刺激マクロファージで炎症性メディエーターが上がる分子的な筋道です。
Lim らの結果は、L-14 由来 EPS がこの経路の上流——LPS と TLR4 の相互作用、あるいは TLR4 自体の発現量——に作用し、下流の NF-κB 依存的な炎症遺伝子群の誘導をまとめて抑制しうることを示唆します [1]。EPS のような多糖が免疫受容体に作用しうるのは、自然免疫が微生物由来の多糖・糖鎖パターンを認識する仕組み(パターン認識)を持つためで、多糖の構造によっては受容体への結合競合や受容体発現の調節を介して、炎症応答を抑制方向に傾けうると考えられます。
細胞・組織レベル:ポストバイオティクスという捉え方
細胞レベルでは、上記の分子機構はマクロファージという免疫細胞の活性化状態を、炎症性(M1様)から抑制的な方向へ傾ける作用として現れます。これは「発酵菌の構造成分そのものが免疫細胞の表現型を調節しうる」という機序の一例です。
組織レベルで考えると、発酵食品の抗炎症的な側面は、生菌の定着だけでなく、菌体多糖(EPS)・細胞壁成分(ペプチドグリカン、リポテイコ酸)・代謝物(SCFA など)といったポストバイオティクス成分の寄与として理解する必要があります。腸管では、これらの成分が上皮細胞・樹状細胞・マクロファージのパターン認識受容体に作用し、局所の炎症トーンと制御性免疫のバランスを修飾しうる経路が考えられます。ただし、本研究は培養細胞系(マウスマクロファージ株)での観察であり、ヒトでの経口摂取時の効果に直接外挿できるものではありません。経口摂取された EPS が消化管でどの程度分解されずに残り、どの細胞に、どの濃度で到達するか——という吸収・分布の問題は、この研究では検証されていません。細胞系での明瞭な作用と、ヒトでの生理的意義のあいだには大きな距離があります。
個体・集団レベルと老化研究の接点
個体・集団レベルでは、こうした分子・細胞機序が、慢性炎症の全身プロファイルや加齢関連アウトカムにどう波及するかが問われます。老化のホールマーク [3] のうち、慢性炎症(inflammaging)は加齢に伴って亢進し、心血管疾患・代謝疾患・神経変性など多くの加齢関連疾患の共通の上流基盤と考えられています。発酵菌由来のポストバイオティクス成分が、TLR4–NF-κB 経路を介して炎症性サイトカイン産生を抑制しうるという機序的知見は、この上流標的に対する食事側の入力を考えるうえでの素材を提供します。Koh らが2016年に整理したように、発酵を起点とする代謝物・成分は GPR や HDAC 阻害などを介して宿主の生理を広範に修飾します [2]。
ただし、培養系の知見から個体・集団レベルのアウトカムへの外挿には複数の飛躍があります。確立には、ヒトで経口摂取した場合に、(a) EPS が機能的な形で標的に届くか、(b) 全身の炎症マーカーが予測どおり動くか、(c) それが臨床アウトカムと結びつくか、を検証する研究の積み上げが必要です。本研究の価値は、効能の証明ではなく、ポストバイオティクス成分が作用しうる分子経路(TLR4–NF-κB)を具体的に特定した点にあります。
まとめ
2020年に Kwon らは、Lactobacillus plantarum L-14 由来の菌体外多糖が、LPS 誘導マウスマクロファージで TLR4 の発現低下を介して NF-κB 依存的な炎症性メディエーター(IL-6、TNF-α、IL-1β、COX-2、iNOS)の産生を用量依存的に抑制することを示しました [1]。発酵食品の抗炎症性は生菌だけでなくポストバイオティクス成分の寄与として理解すべきですが、培養系の知見であり、吸収・分布を含めヒトへの外挿には慎重さが必要です [1][2][3]。
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