二つの誤解

プレバイオティクスをめぐっては、対になる二つの誤解がよく見られる。一つは「食物繊維はすべてプレバイオティクスである」というもの。もう一つは「プレバイオティクスはすべて食物繊維である」というもの。ISAPP の2017年コンセンサス定義に照らすと、どちらも正しくない [1]。本稿は定義の境界を整理し、非繊維系の候補がどの確立段階にあるかを概観する。

なぜ「食物繊維=プレバイオティクス」ではないのか

前提として、ISAPP 2017 の定義は「宿主微生物に選択的に利用され、健康利益をもたらす基質」である [1]。鍵は選択的利用という判定基準にあった。

食物繊維は定義上、ヒトの消化酵素で分解されない炭水化物などの総称であり、その性質は多様である。大腸で発酵されるものもあれば、ほとんど発酵されずに物理的な作用(便量増加など)を主とするものもある。発酵される繊維であっても、それが特定の有益な微生物群に選択的に利用されることを示せなければ、プレバイオティクスの要件を満たさない [1][2]。つまり「発酵される繊維」と「選択的に利用される基質」は重なる部分はあっても同じ集合ではない。すべての食物繊維がプレバイオティクスではない、というのはこの意味である。

なぜ「プレバイオティクスはすべて食物繊維」でもないのか

逆方向の誤解も成り立たない。ISAPP 2017 は、1995年の原概念 [3] が難消化性の食品成分を想定していたのに対し、定義を非炭水化物の物質にも開いた [1]。要件(選択的利用と健康利益)を満たすのであれば、炭水化物以外の成分もプレバイオティクスの候補になりうる。したがって「プレバイオティクスは必ず食物繊維である」という限定は、定義の側からは支持されない。

ここで重要なのは、定義が「候補になりうる」と述べていることと、「実際に確立している」こととを混同しないことである。範囲が広がったことと、広がった範囲の物質が証拠を備えていることは別の問題である。

母乳オリゴ糖:境界が明快な事例

確立度が比較的高い事例として、母乳オリゴ糖(ヒトミルクオリゴ糖、HMO)がしばしば挙げられる [1][2]。母乳に含まれるこの一群のオリゴ糖は、乳児の腸内のビフィズス菌に選択的に利用されることが示されており、選択的利用という判定基準を満たす代表例として整理されている。

HMO は食物繊維として分類されないことが多い。にもかかわらずプレバイオティクスの基準を満たしうるという点で、「プレバイオティクス=食物繊維」という等式が成り立たないことを端的に示す事例になっている。

非繊維系候補:確立度に差がある

定義の拡張により、ポリフェノール類、一部の脂肪酸、特定のフィトケミカルなども、要件を満たせば候補として議論されるようになった [1]。ただし、ここでの確立度は基質ごとに大きく異なる。

イヌリン型フルクタン(イヌリンやオリゴフルクトース)やガラクトオリゴ糖(GOS)については、ヒトでの選択的利用と健康利益の双方について比較的厚い検討の蓄積がある [1][2]。一方、ポリフェノールのような非繊維系の候補では、腸内細菌による代謝は観察されても、それが「選択的」であることをヒトで示す証拠は基質ごとにばらつきが大きく、多くは候補段階にとどまる。

つまり「定義上は候補になりうる」物質群と、「選択的利用と健康利益の双方をヒトで示し、プレバイオティクスとして確立した」物質群とのあいだには、はっきりとした証拠の段差がある。この段差を飛び越えて、候補段階の成分を確立したプレバイオティクスとして語ることは過大主張になる。

定義の境界を保つことの意味

ISAPP 2017 が定義を拡張したのは、概念を曖昧にするためではなく、判定基準を明確にしたうえで適用範囲を整理するためだった [1]。選択的利用と健康利益という二つの要件は維持されており、繊維か非繊維かという素材の区分は要件そのものではない。

この整理は、ある成分のラベルに「プレバイオティクス」と書けるかどうか、書いたときに何を主張していることになるか、という実務的な問いに直結する。素材が繊維だから、あるいは腸内で発酵されるからという理由だけでは、定義の要件を満たしたことにはならない。境界を保つことは、効果の主張を証拠の範囲内にとどめるための前提である。