言葉の輪郭を確かめる
「プレバイオティクス」という言葉は、健康食品の文脈で「腸内細菌のエサになる食物繊維」と説明されることが多い。この説明は間違ってはいないが、定義としては不正確である。プレバイオティクスには国際的な専門家コンセンサスによる定義があり、それは「食物繊維」とも「発酵性の成分」とも一致しない。
定義を確認する作業は、瑣末な言葉遊びではない。何がプレバイオティクスで何がそうでないかという線引きは、ある成分の効果をどこまで主張できるかという問題に直結する。本稿は、国際科学団体 ISAPP(International Scientific Association for Probiotics and Prebiotics)が2017年に発表したコンセンサス声明に基づき、定義の構造を整理する [1]。
1995年の原概念と2017年の更新
プレバイオティクスの概念は、1995年に Gibson と Roberfroid によって提唱された [2]。当時の定義は「大腸内の特定の細菌の増殖や活性を選択的に刺激することで宿主に有益に作用する、難消化性の食品成分」というものだった。難消化性であること、選択的であること、宿主に有益であることが要素として既に含まれていた。
2017年、ISAPP は微生物学・栄養学・臨床研究の専門家パネルを招集し、定義を更新した [1]。新しい定義は次の一文である。
宿主微生物に選択的に利用され、健康利益をもたらす基質
この更新には二つの拡張が含まれる。第一に、適用部位を消化管に限定しなくなった。理論上は皮膚や口腔など他の部位の微生物に作用するものも対象になりうる。第二に、炭水化物以外の物質も、要件を満たせば候補になりうるとされた。ただし「候補になりうる」ことと「プレバイオティクスとして確立した」ことは別である。この点は別稿で扱う。
判定基準は「選択的利用」
更新された定義の核は、選択的利用(selective utilization)という判定基準にある [1]。ある成分がプレバイオティクスと呼べるためには、次の二点を実証する必要がある。
第一に、その成分が宿主に共生する微生物によって代謝されること。つまり微生物を介した作用であること。第二に、その代謝が選択的であること。すべての腸内細菌に無差別に栄養を供給するのではなく、特定の微生物群の利用に偏ること。
この「選択的」という条件が、プレバイオティクスを「単なる発酵性の基質」や「食物繊維一般」と区別する境界線である。腸内で発酵されるものすべてがプレバイオティクスなのではなく、その発酵が特定の有益な微生物群に偏っていることを示して初めて、定義を満たす。
ただし「選択的」をどう測るかは方法論上の論点として残っている。古典的にはビフィズス菌や乳酸桿菌の選択的な増加で評価されてきたが、現在は次世代シーケンサーやメタボロミクスで微生物群集全体の応答を観察する方向にあり、何をもって「選択的」と判定するかは研究設計に依存する [1][3]。
健康利益の実証も要件である
選択的利用に加えて、ISAPP 2017 は宿主の健康利益が文献で裏づけられていることを要件としている [1]。機序の説明だけでは不十分で、消化管・免疫・代謝といった宿主のアウトカムにおける改善が示される必要がある。
ここでプレバイオティクスは、栄養素ではなく機能性成分として位置づけられる。エネルギー源として消化吸収されるのではなく、微生物を介して宿主に機能的な影響を与える成分という整理である。
プロバイオティクスとは何が違うのか
プレバイオティクスはしばしばプロバイオティクスと混同される。両者は対象が根本的に異なる。ISAPP の定義では、プロバイオティクスは「適切な量を投与したときに宿主に健康利益をもたらす生きた微生物」である [4]。プロバイオティクスが生きた微生物そのものを指すのに対し、プレバイオティクスは微生物に利用される基質を指す。生菌か基質か、という対象の違いがある。両者を組み合わせた混合物は、条件を満たせばシンバイオティクスと呼ばれるが、これも別稿で扱う。
機序と効果を混同しない
プレバイオティクス摂取が大腸での発酵を介して短鎖脂肪酸の産生に寄与しうる点は、機序として整合的である。短鎖脂肪酸が宿主にどう作用するか、それが老化とどう関係しうるかについては既に本媒体で扱っており、本稿では繰り返さない。
ここで強調しておきたいのは、機序の整合性は効果の証明ではないという原則である。ある成分が選択的に利用され、その下流で代謝物が産生されるという機序が描けても、それがヒトでの健康アウトカムを保証するわけではない。定義は「選択的利用」と「健康利益の実証」の両方を要求しており、後者は機序の説明では代替できない。
定義を正確に理解することは、ある成分について何が言えて何が言えないのかを見極める出発点になる。「腸内細菌のエサになる」だけではプレバイオティクスの説明として足りない、というのが ISAPP 2017 の含意である。