ザワークラウトは、千切りにしたキャベツを塩とともに漬け込み、乳酸菌の働きで発酵させた保存食である。ドイツや中欧で家庭料理として親しまれ、酸味と歯ごたえが特徴となっている。本稿は、ザワークラウトがどのような微生物の働きで作られ、発酵によって何が生じるのかを機序から整理し、健康との関わりについて分かっていることと分かっていないことの境界を示すことを狙いとする。
キャベツが発酵食品になるまで
ザワークラウトの発酵は、特別な種菌を加えなくても、キャベツの表面にもともと存在する乳酸菌によって進む。千切りにしたキャベツに塩を加えて揉むと、浸透圧によって水分が引き出され、キャベツが自らの汁に浸る状態になる。この汁が空気を遮り、嫌気的な環境を作り出す。
塩は二つの役割を果たす。一つは雑菌の繁殖を抑えること、もう一つは乳酸菌が優位に働ける環境を整えることである。乳酸菌は酸素の少ない環境でも糖を分解して乳酸を生み出すため、この条件下で増殖が進む。生成された乳酸によって液のpHが下がり、酸性環境がさらに雑菌を抑え込んでいく。
発酵を担う乳酸菌の遷移
ザワークラウトの発酵では、関わる乳酸菌の種類が時間とともに移り変わることが知られている。発酵中の試料から分離・同定された乳酸菌の研究でも、複数の菌種が関与することが報告されている [1]。発酵の初期には、比較的塩や酸に強く、ガスを生じやすいLeuconostoc mesenteroidesなどのヘテロ発酵型の乳酸菌が優勢になる [1]。これらの菌は乳酸に加えて酢酸や二酸化炭素を生み出し、独特の風味の土台を作る。
発酵が進んでpHがさらに下がると、より酸に強いLactobacillus属(近年の分類見直しでLactiplantibacillus plantarumなどに整理されている)が優勢へと移っていく [1]。これらの菌は主に乳酸を生み出すホモ発酵型で、酸味を仕上げる役割を担う。こうした菌叢の遷移は、環境のpHや塩濃度、温度といった条件によって自律的に進む。
発酵食品における微生物の働きは、単に保存性を高めるだけでなく、原料の成分を変化させ、風味や消化性に影響を与えることが、世界各地の発酵食品を整理した総説でも示されている [4]。ザワークラウトの乳酸菌叢もまた、こうした働きを担う一例といえる。
発酵で生じる成分
発酵によってザワークラウトには、生のキャベツとは異なる成分が生まれる。中心となるのは乳酸をはじめとする有機酸で、これが保存性と酸味のもとになる。発酵中には酢酸なども生成され、これらの有機酸が複合的に風味を形づくる。
キャベツに由来する成分も発酵の影響を受ける。アブラナ科野菜に多く含まれるグルコシノレートは、発酵の過程で減少し、グルコブラシシンの分解物やアスコルビゲンといった化合物が生じることが報告されている [2][3]。同時に、ビタミンCの含量も発酵条件によって変動することが示されている [2]。これらの変化の程度は塩濃度や温度、発酵期間、原料の栽培時期に左右され、一定ではない [2][3]。
加えて、加熱殺菌されていない製品には発酵を担った乳酸菌が生きたまま含まれ、キャベツ由来の食物繊維も保たれる。ただし、これらの成分量は製法によって大きく異なるため、すべてのザワークラウトが同じ成分組成を持つわけではない点に注意したい。
健康との関わりはどこまで分かっているか
ザワークラウトは生菌や有機酸、食物繊維を含む発酵食品であり、腸内環境との関わりが関心を集めている。しかし、健康効果を語るうえでは、どの段階の証拠に基づくのかを区別することが欠かせない。
発酵食品を含む食事と腸内細菌叢や免疫の関係については、ヒトを対象とした研究も少しずつ報告されている。たとえば、ザワークラウトやキムチ、ヨーグルトなどの発酵食品を多く取り入れた食事が、腸内細菌叢の多様性を高め、炎症に関わる指標を低下させたと報告した無作為化比較試験がある [6]。ただし、これは複数の発酵食品を組み合わせた介入であり、ザワークラウト単独の効果を切り分けて示したものではない点に注意が必要である [6]。
ザワークラウトそのものに焦点を当てたヒト試験も報告されはじめている。健康な成人に一定量のザワークラウトを継続して摂取してもらうクロスオーバー試験では、腸内細菌叢の組成にいくらかの変化が観察された一方、その影響は限定的で個人差も大きいと報告されている [5]。こうした研究は数・規模ともに限られており、確固たる結論を導く段階には至っていない。発酵食品の機能性は基質・微生物・製法という要素で決まるため [4]、製品ごとの違いが大きく、知見を一般化しにくい。発酵食品の摂取と健康指標との間に関連が観察されたとしても、それが因果関係を意味するとは限らない。相関と因果は分けて受け止める必要がある。
つまり、現時点で言えるのは、ザワークラウトが生菌や有機酸を含む発酵食品であり、発酵によって成分が変化するという事実までである。特定の疾患を予防・改善するという主張は、現在の証拠では十分に裏づけられていない。
安全性と選び方の留意点
ザワークラウトを取り入れる際には、いくつか留意すべき点がある。まず塩分である。保存性を保つために塩を用いるため、塩分制限が必要な人は摂取量に配慮したい。
次にヒスタミンである。発酵食品には微生物の働きでヒスタミンが生じることがあり、ヒスタミンに敏感な人は不調を感じる場合がある。また、加熱調理をすると生きた乳酸菌は失活するため、生菌を期待する場合は加熱を避けるか、加熱処理されていない冷蔵製品を選ぶ必要がある。
市販品の中には、乳酸発酵を経ず食酢で酸味をつけた酢漬けキャベツもある。見た目は似ていても、発酵で生じる生菌や有機酸の組成は異なる。ラベルで発酵食品か酢漬けかを確かめることが、期待する成分を得るうえでの目安になる。
発酵食品としての向き合い方
ザワークラウトは、塩と乳酸菌という素朴な仕組みで作られる発酵食品であり、その過程ではキャベツの成分が確かに変化していく。一方で、健康効果に関する質の高いヒトの証拠はまだ限られており、過大な期待を寄せる段階にはない。
日々の食卓に多様な発酵食品の一つとして取り入れ、塩分やヒスタミンといった留意点をふまえて適度に楽しむ。そうした姿勢が、現時点のエビデンスに照らして無理のない向き合い方といえるだろう。発酵という営みがキャベツにもたらす変化そのものに目を向けることが、この保存食を味わう面白さでもある。