「閉じた世界」で人を生かす素材

人類が地球を離れて長期間生存するには、酸素・水・食料・廃棄物処理を、外部からの補給にできるだけ頼らずに循環させる仕組みが要ります。これを生物再生型生命維持系(BLSS:Bioregenerative Life Support System)、あるいは閉鎖生態系生命維持システム(CELSS:Controlled Ecological Life Support System)と呼びます。閉鎖度には段階があり、外部補給が完全にゼロという意味ではなく、補給を可能なかぎり減らすことを目指す系を含みます。物理化学的な装置だけで酸素を作り二酸化炭素を除去することもできますが、その場合は食料を別に運ばねばならず、質量と体積の制約が厳しい宇宙活動では不利になりえます。

ここで 1960 年代から繰り返し有力候補の一つとして研究されてきた生物が、緑藻クロレラです。クロレラは光合成で酸素を生み、乗員が呼気で出す二酸化炭素を固定し、しかも自身が高タンパクの食料になりえます。一つのサブシステムで複数の生命維持機能を兼ねうるこの「多機能性」が、閉鎖系で評価されてきた理由です。本稿では、その歴史と機序、そしていまも残る未解決の論点を整理します。

歴史:戦後のタンパク源研究から閉鎖生態系へ

クロレラを生命維持に使う着想は、戦後のタンパク源研究と地続きです。20 世紀半ば、カーネギー研究所が編んだ『Algal Culture: From Laboratory to Pilot Plant』(Burlew 編 1953)が、藻類の大量培養技術を体系的にまとめ、将来の食料・タンパク質源としての可能性を検討しました [7]。これを背景に、1960 年代に入ると、NASA と旧ソ連が、閉鎖生態系・大気再生の素材としてクロレラを研究します。

NASA では 1978〜1979 年頃に、CELSS 研究が統合的なプログラムとして開始・整備されました。藻類による酸素生成・二酸化炭素固定の初期実験で、光合成藻(クロレラなど)が酸素供給と二酸化炭素の再利用を同時に担えることが示されています [1]。旧ソ連の BIOS-3 をはじめとする閉鎖系実験では、クロレラ培養槽が主に酸素生成・二酸化炭素除去と水・物質循環の一部を担い、食料供給については高等植物や保存食品も重要な役割を果たしました [2]。一方、日本では Oguchi らが、藍藻スピルリナを用いた閉鎖・連続培養とガス交換のシステムを報告しています [3]。クロレラはこの分野で、最も古く、最もよく検証されてきた生物の一つです。

なぜ物理化学装置ではなく生物が候補になるのかを、少し補足します。酸素生成と二酸化炭素除去は、電気分解や吸着材といった物理化学的手段でも達成できます。その場合、食料は別系統で供給・栽培しなければなりません。光合成生物は、同じ一つのプロセス(光合成)で酸素を生み、二酸化炭素を固定し、その過程で生成したバイオマスが食料になりえます。この機能の「重ね合わせ」が、生物再生型システムの潜在的な利点です。ただし後述するように、照明・温度管理・ガス交換・収穫工程も必要であり、物理化学方式に対する質量・電力上の優位性は、ミッション期間やシステム設計によって変わります。歴史的に「微細藻=将来のタンパク源・酸素源」という構想にクロレラが据えられてきた事実は、宇宙居住を目指す事業ビジョンの公開された背景とも分野レベルで重なります。

機序:クロレラが担う三つの機能と、統合システムとしての利点

CELSS でクロレラが担いうる機能は、機序ごとに三つに整理でき、それらを統合できる点がシステム上の利点になります。

第一は、酸素生成と二酸化炭素固定です。光合成の明反応で水を分解し酸素を放出すると同時に、カルビン回路で乗員由来の二酸化炭素を固定します。これは大気再生そのものです。

第二は、食料生産です。乾燥バイオマスの約 50〜60% をタンパク質が占める例があり、各種必須アミノ酸や色素・微量栄養素も含みます [6]。閉鎖系で「呼吸を支える生物」が同時に「栄養を供給しうる生物」でもある点が、物理化学装置にはない特徴です。ただしクロレラは株によって細胞壁が強固で、食用化には細胞壁破砕・加熱・乾燥など、消化性と衛生性を確保する加工工程が必要になる場合があります [4][6]。

第三は、物質循環です。前処理・衛生管理された排水や尿に由来する窒素・リンを栄養塩として取り込み、水と栄養をリサイクルすることが検討されています。閉鎖系では廃棄物が資源になる必要があり、クロレラはこの輪を閉じる一翼を担えます。

これら三つを単一のサブシステムで兼ねうる多機能性が、質量・体積が厳しく制約される宇宙環境での潜在的な利点です。月面基地の酸素・食料生産の多機能コンポーネントとして C. vulgaris 光バイオリアクターを評価した近年のレビューも、この多機能性を中核に据えています [4]。

この発想は、地上の発酵生産における「一つの培養槽で複数の価値を生む」考え方と本質的に同型です。発酵では、微生物が基質を分解しながら有用代謝物・タンパク質・機能性成分を同時に生み出します。CELSS のクロレラも、光と二酸化炭素・廃棄栄養塩を入力として、酸素とバイオマスを生産し、炭素・栄養塩・水循環の一部を担います。入力と出力の関係を物質収支として閉じる——この設計思想が、発酵と生命維持系を貫いています。ただし、機能を重ねるほどシステムの制御は複雑になり、一つの変動が複数の機能に波及するため、運用設計はかえって難しくなる、という現実的な裏面もあります。

物質収支として閉じるという核心問題

CELSS のクロレラを機序として理解する鍵は、「物質収支を閉じる」という一点に集約できます。閉鎖系では、入ってくる物質と出ていく物質が原理的に釣り合わなければ、系はいずれ破綻します。乗員は酸素を消費して二酸化炭素を出し、食料を摂取して排泄物を出します。クロレラは光エネルギーを使い、二酸化炭素を固定して酸素を出し、廃棄栄養塩を取り込んでバイオマスを生みます。理想的には、乗員の代謝とクロレラの代謝が互いの入出力を打ち消し合い、外部補給を最小化できます。

しかし、この収支は単純には閉じません。第一に、人の酸素消費量と二酸化炭素排出量の比(呼吸商)と、クロレラが固定する二酸化炭素と放出する酸素の比(光合成商)は、必ずしも一致しません。第二に、人が必要とする栄養素の構成と、クロレラが供給できる栄養素の構成は一致せず、クロレラ単独では栄養が完結しません。第三に、廃棄物に含まれる窒素・リン等とクロレラが要求する栄養塩の量比も、そのままでは釣り合いません。CELSS の歴史は、これらの「閉じない収支」を、複数の生物・物理化学プロセスを組み合わせて段階的に閉じていく試みの歴史でした [1][2]。クロレラはその中で最も古く検証されてきた一要素であり、万能の解ではなく、収支を閉じるための重要な部品の一つとして位置づけるのが正確です。

現代:月・宇宙機環境への展開

歴史的構想は、現在も具体的な研究として続いています。C. vulgaris の光バイオリアクターを月面基地の酸素・食料生産コンポーネントとして評価し、潜在性と課題を整理した研究があります [4]。また、宇宙機のキャビン環境(高めの二酸化炭素、閉鎖大気、微生物環境)がクロレラの増殖と挙動に与える影響も検討されています [5]。長期培養については、地上条件で 6 年以上にわたる非無菌長期培養の実績が報告され、別途、微小重力環境への適応を想定したリアクターについて 180 日を超える試験も報告されています [4]。これらは異なる研究・運転条件の知見であり、同一の「6 年連続無停止運転」を意味するものではありません。

これらは、クロレラが単なる「サプリメントの原料」ではなく、生命維持系の構成要素の候補として真剣に検討され続けてきたことを示します。歴史的に「微細藻=将来のタンパク源・酸素源」という構想にクロレラが据えられてきた事実は、宇宙居住を目指す事業ビジョンの公開された背景とも分野レベルで重なります。

未解決の論点:単一藻では閉じない

ただし、CELSS のクロレラには中立に併記すべき未解決の論点があります。

一つ目は、栄養面の課題です。クロレラ単体ではビタミンや必須栄養素のバランスが不足し、これだけで人の栄養を完結できません。ビタミン B12 については、含量と活性型/不活性型の比率が株・培養条件・製品によって異なり、分析による確認が必要とされます [6]。閉鎖系では「複数の生物・食材を組み合わせる」設計が前提になります。

二つ目は、微小重力下での物質移動です。地上では重力対流が気泡の分離や混合を助けますが、微小重力下では気泡が自然に浮上せず、ガス交換と混合の流体力学が変わります。微小重力がクロレラの光合成能力そのものを低下させるかは現時点で明確ではありませんが、光バイオリアクター内の気液分離・混合・物質移動といったリアクター工学上の課題が生じます。月・火星の部分重力条件についてはデータが不足しています。光供給の体積・質量効率、長期培養での遺伝的安定性、官能・受容性も、公開研究で議論される未解決点です [4]。

さらに、安全側の論点として、閉鎖培養でも品質管理は外せません。閉鎖系では他藻や微生物の混入が一度起きると系全体に波及しやすく、形態だけでの同定が難しい場合があるため、製造株については DNA 配列などによる分子同定と工程の汚染管理が前提になります。なお、近縁群には Prototheca のような非光合成性の病原藻も存在します。これらは「クロレラが宇宙食になる」と断定する根拠ではなく、検証すべき探索領域として扱うのが誠実です。初期データや構想を、確立した結論であるかのように語らないことが、この領域での科学的誠実さの核心です。

なぜクロレラが選ばれ続けるのか:代替候補との比較視点

クロレラが CELSS の文脈で繰り返し候補に挙がってきた理由を、代替候補と比べる視点から補足します。シアノバクテリア(藍藻、スピルリナなど)も酸素生成・タンパク質供給の候補です。一部のシアノバクテリアは毒素を産生しうるため、食用生産では種・株の同定と、毒素産生種の混入防止が必要になります(食用スピルリナそのものが一般に毒素を作るという意味ではありません)。高等植物は、多様な食品・食感・ビタミン・ミネラルを提供しやすく、乗員の心理的受容性でも利点がある一方、成長が遅く、必要な体積・質量・栽培期間が大きくなります。物理化学方式の大気再生は、技術成熟度と制御性が比較的高い一方、食料を別途供給する必要があります。

この比較の中で、クロレラは「成長が速く、培養体積あたりの生産性が高く、酸素・食料・物質循環を一つのプロセスで兼ねうり、長い食経験と研究蓄積がある」という組み合わせで、依然として有力な一候補であり続けています。同時に、単一藻では栄養が完結せず官能・受容性に課題があるという弱点も明確です。CELSS の現実的な設計は、クロレラを「単独で全てを担う主役」ではなく、高等植物・物理化学プロセスと組み合わせる「収支を閉じるための重要部品」として位置づける方向に収束してきました。歴史的経緯と近年のレビュー [1][2][4] を通して一貫するのは、この「組み合わせの中の一要素」という冷静な位置づけです。万能視も過小評価もせず、機能と限界を機序の言葉で正確に述べることが、この古典的素材を語る誠実さです。

発酵と生命維持系の共通基盤

筆者は理化学研究所 藻類資源アップサイクル研究チームのチームディレクターとして、微細藻と残渣の価値付与という公開された研究領域に関わっています。発酵が微生物の代謝を制御して食料と機能性を生み出すのと同じく、CELSS は光合成と物質循環を制御して酸素・食料・水を生み出します。どちらも「微生物・微細藻の代謝を、人の生存と健康のために設計する」という同じ系譜にあります。地上の発酵食品が腸内環境を介して代謝・免疫の安定に寄与する仕組みと、閉鎖系のクロレラが大気と栄養の循環を支える仕組みは、スケールこそ違えど思想を共有します。

Space Seed Holdings が掲げる宇宙×発酵の事業構想でも、この共通基盤——閉鎖系で微生物・微細藻の代謝を制御し、人の長期滞在を支える——が議論の中心にあります。

まとめ

クロレラは 1960 年代から、酸素生成・二酸化炭素固定/食料生産/物質循環という三つの機能と、それらを統合できる多機能性ゆえに、生命維持系の有力候補の一つとして研究されてきました [1][2]。月面光バイオリアクター構想 [4] や宇宙機環境での研究 [5] が続く一方、栄養面の課題や微小重力下の物質移動という論点は未解決で [4][6]、断定的な将来予測ではなく検証すべき探索領域として扱うべきです。クロレラの CELSS 研究は、発酵と並ぶ「微生物・微細藻の代謝を人の生存のために設計する」最も古典的な実例の一つです。

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